更新日/2022年4月27日
遺産分割協議前であっても、亡くなった方の預貯金口座から一定額の払い戻しが可能となりました。
「相続預金の払い戻し制度」の仕組みと利用方法について解説します。
目次
❏相続預金の払戻し制度の概要
金融機関の口座名義人が亡くなると、その口座は凍結されます。たとえ配偶者や子であっても、相続人全員の合意を得る(遺産分割協議が整う)までは、基本的に預金の払い出しはできません。
しかし、このことが相続人に不便や不利益をもたらすことが問題視され、凍結された預金口座から、決められた額まで払い戻すことが可能になる制度が創設されました。
「相続預金の払い戻し制度」とは、凍結された故人の預金口座から遺産分割協議前であっても、相続人の請求により、一定額の払い戻しができるというものです。
この制度は、2019年7月1日に施行されています。
❏相続預金の払戻し制度創設の背景
「相続預金の払い戻し制度」が創設された背景を簡単に説明します。
下記の最高裁の決定が、預貯金相続の解釈に大きな影響を及ぼしました。
最高裁判所大法廷決定 平成28年12月19日
「共同相続された普通預金債権、通常貯金債権及び定期貯金債権は、いずれも、相続開始と同時に当然に分割されることはなく、遺産分割の対象となる」
言い換えると、「被相続人の預貯金は遺産分割の対象となる」という内容です。この決定が、「相続預金の払戻し制度」の新設に繋がったのです。
この決定以前は、「預貯金は遺産分割の対象とならない」とされていました。
つまり、遺産分割協議に関係なく、相続人の求めに応じ故人の預貯金の払い戻しが可能であったため、本人の預金口座の資金で葬儀費用の支払いや、当面の家族の生活費を賄うことができたのです。
しかし、平成28年の最高裁の決定により、預貯金は遺産分割の対象となりました。遺産分割協議が整うまでは、預貯金の払い戻しが出来ないとされたため、葬儀費用は勿論、生前の入院費など、故人にかかわる支払いを故人の預貯金から払えないという事態が起こりました。
一時的にせよ相続人に金銭的な負担が生じるケースが出てきてしまったのです。
その不都合を解消するために「相続預金の払い戻し制度」が創設されました。この制度により相続人は、遺産分割協議を待つことなく、また、共同相続人の同意も必要とせずに故人の預金を引き出すことが可能になったのです。
ただし、無制限に払い戻しができるわけではありません。払い戻し可能額には、限度額が設けられています。次に説明します。
❏2つの払い戻し方法と限度額
相続預金の払戻しのための手続き方法は2つです。
1.口座のある金融機関での払い戻し手続き
2.家庭裁判所の保全処分による払い戻し手続き
それぞれについて解説します。
1.金融機関での払い戻し手続き
払い戻し限度額は① or ②の少ない額
払い戻しの限度額は、①の計算式で算出した額と、②150万円 とを比較して少ない金額となります。
①故人の口座預金残高 x 1/3 x 払い戻しを受けたい人の法定相続割合
②150万円
具体的に次のケースで、「長男」が払戻しを受けられる限度額を計算してみましょう。
ケース(1)
故人の口座の預金残高:A銀行 普通預金 900万円
相続人:長男、二男、長女の3人
この場合の「長男」の法定相続割合は1/3です。従って、
①900万円 × 1/3 × 1/3 = 100万円 < ②150万円
少ない方の額は①、払い戻しの上限額は100万円です。
ケース(2)
故人の口座の預金残高:B銀行 定期預金 2400万円
故人の口座の預金残高:C銀行 普通預金 300万円
相続人:妻、長男、二男、の3人
この場合の長男の法定相続割合は1/4です。従って
B銀行:①2400万円 x 1/3 x 1/4 = 200万円 > ②150万円
C銀行:①300万円 x 1/3 x 1/4 = 25万円 < ②150万円
B銀行は150万円が払い戻しの上限額。
C銀行は25万円が払い戻しの上限額となり、
合計で175万円の払い戻しを受けることが可能です。
2.家庭裁判所の保全処分による払戻し手続き
家庭裁判所へ保全処分の申し立てを行うことで、相続預金の払い戻しを受けることができます。保全処分とは、権利を保全するために、その権利の確定や実現まで、裁判所が暫定的な処分を行うこと、つまり、仮処分のことです。
払い戻し可能額は相続人の収入・緊急性など具体的な事情により決定
葬儀費用の支払いや遺族の生活費の確保など、緊急性を認める場合、且つ、他の共同相続人の利益を害さない場合に限り、遺産分割協議を待たずして、相続預金の払い戻しが認められます。
なお、保全処分の申し立ては、遺産分割の調停又は審判と共に行わなければなりません。
❏払い戻し手続きには多くの書類が必要
ここまで、故人の凍結口座から一定額の払い戻しが可能であるこをお伝えしてきました。
しかし、払い戻しの手続きを金融機関に申請したり、家庭裁判所に保全処分を申し立てたりするためには、相続人自ら多くの書類を集めなければなりません。
・被相続人(亡くなられた方)の除籍謄本、戸籍謄本、または全部事項証明書(出生から死亡までの連続したもの)
・相続人全員の戸籍謄本または全部事項証明書
・相続預金の払戻しを希望する人の印鑑証明書
・(相続人が被相続人の兄弟姉妹の場合)被相続人の両親の除籍謄本、戸籍謄本、または全部事項証明書(出生から死亡までの連続したもの)
など。
これら謄本の収集目的は、法定相続人を確認するためです。特に、法定相続人が多い場合などは収集までに相応の時間がかかることが予想されます。
また、金融機関によって、提出を求められる戸籍謄本などに使用期限を設けている場合もあります。(例えば、謄本の発行日から1年以内のものなど)
必要となる書類やその要件が、金融機関によって異なる場合もありますので、詳細については、必ず預金口座のある金融機関に確認するようにしてください。
❏払い戻しが遺産分割に与える影響
遺産分割協議が整う前に、相続預金から、一部の相続人が払い戻しを受けた場合、その払い戻しされた資金は次のように扱われます。
例えば、相続人の一人である長男が、遺産分割協議前に相続預金から一部払い戻しを受けたとします。その場合、払い戻しにより長男が受け取った資金は、長男の相続分の一部とみなされます。つまり、相続財産の前払いとなるのです。
前述のケース2)で説明します。
B銀行、C銀行の預金残高は合わせて2700万円。相続人は、妻、長男、二男の3人。
遺産分割協議の結果、預金は、法定相続分どおりに相続すると決定。
法定相続割合で分けると次の通り。
妻1/2:1350万円 長男1/4:675万円 二男1/4:675万円
長男は払い戻し制度により既に175万円を受け取っています。従って、遺産分割協議後に、長男が受け取れる額は500万円(675万円ー175万円)となります。
因みに、社会通念上、常識的な葬儀費用は、相続財産から控除できるとされています。
仮に、長男が払い戻しを受けた175万円が葬儀費用であったなら、そのことを考慮した遺産の分割割合とすることも可能です。
遺産分割割合は相続人全員の合意があればどのように分けても問題ありません。実情にあった遺産分割を行うことが、トラブルを避ける方法かもしれません。
いずれにしても、相続預金は遺産分割の対象です。払い戻し制度により前払いされた資金を故人のための支払いに充てた場合、領収書やレシートなど、大切に保管しておいたほうが良いでしょう。後の遺産分割協議の際に役に立つかもしれません。
❏預金の払い戻し制度を利用することのメリット、デメリット
「相続預金の払い戻し制度」を利用することで生じるメリット、デメリットをまとめます。
メリット
葬儀費用や相続関連費用が故人の預金から払える
葬儀費用や相続手続きの諸費用など、相続預金から支払うことが可能であれば、相続人が費用を立て替える必要がなくなります。相続人の金銭的負担は軽くなるでしょう。
家族の生活費を賄える
遺産分割協議が長引き、預金の相続に時間がかかってしまった場合、残された家族の生活維持が困難になるケースも出てきます。預金から一部の払い戻しを受けられれば当面の生活費に充てられます。
故人の未払い金や債務の返済ができる
生前の入院費の清算など、故人に未払い金や債務がある場合はその支払いに充てることができます。
デメリット
申請のための必要書類が多い
前述したとおり、法定相続人確定のために必要となる書類が多く、準備にある程度の時間を要します。
相続放棄ができなくなる可能性
相続とはプラスの財産も、借金や債務などのマイナスの財産も全て引き継ぐということですが、もしプラスの財産よりマイナスの財産の方が多いとわかった場合には、相続放棄をすることも可能です。
しかし、相続財産を一部でも処分(使ってしまう)していると、相続放棄ができなくなる可能性があります。「相続預金の払い戻し制度」により資金を受け取っていることが、相続財産の処分にあたります。
しかし、相続預金から払い戻した資金の使い道が、社会通念上、常識的な範囲の葬儀費用であれば、相続財産の処分にあたらないとされ、後に、相続放棄ができるケースもあります。
一方、払い戻した資金を、相続人の生活費や遊興費として使ってしまっていると、明らかに相続財産の処分にあたり、後に相続放棄はできません。
なお、相続放棄ができる期間は、自身の相続を知った日から3カ月以内です。この期間を過ぎると相続放棄はできなくなりますので注意してください。
❏まとめ
相続預金口座が凍結されることにより生じる相続人の不都合を解消するために、「相続預金の払戻し制度」は創設されました。
「相続預金の払戻し制度」を利用することで、相続直後に発生する諸費用を故人の預金から支出できるというメリットがある反面、手続きが煩雑であったり、後に相続放棄ができなくなる可能性があったりというデメリットもあります。
相続は一生のうちに何度も経験することではないため、一連の手続きに慣れておらず、初めて経験するという方が大半だと思います。
いざ、制度を利用したいとなったとき、新たな疑問や不安が生じてくるかもしれません。
相談できる人がいない、何から手を付けていいのかわからない時は、相続に詳しい「ソレイユ相続相談室」に相談してみるのもひとつの方法です。