公開日/2022年5月27日
大切な家族が死去した場合、残された家族は相続の問題と向き合うことになります。配偶者に先立たれた場合、残された側の配偶者は相続人として被相続人の財産を相続しますが、夫婦で住んでいた住まいにそのまま残りたいと意思表示をされる方が多数おられます。特に高齢者の場合は配偶者の死去だけでも大きなダメージであり、遺産分割より家を出ることになってしまったら更なるダメージを受けることになります。
そこで、残された配偶者を守る「配偶者居住権」と呼ばれる権利が法整備されました。
ここでは令和2年4月1日以降の相続から適用されることになった配偶者居住権について詳しく解説します。
目次
❏大切な住まいがどうして相続時にトラブルになるの?
配偶者の死去により、現在の住まいも含めて相続手続きに翻弄される方は少なくありません。配偶者は常に法定相続人ですが、子どもがいる場合には子どもも第1順位の相続人として相続を受ける権利があります。この際に問題となるのが住まいの取り扱いです。例として、建物を所有していた夫が亡くなった場合、妻の多くはそのまま「住み続けたい」と考えます。長年ご夫婦で暮らしてきたなら当然の意思表示ですし、所有者が夫であっても家計のやりくりなどで妻が住まいを管理していたことも多いでしょう。しかし、妻が生活環境を維持するために住まいを相続したら、夫の残したその他の現金や有価証券などの財産を相続人との取得割合の調整上もらえない、という問題がありました。例として次のようなケースです。
・夫が亡くなり、相続人は配偶者と子2名と仮定します。この場合、配偶者は2分の1、子は4分の1ずつ相続します。第1順位の子は全体で2分の1が法定相続分の割合です。
・建物の所有権が2000万、残された現金などが2000万とします
・妻が建物の所有権を2000万で取得したら、残りの現金を1000万ずつ子同士が分けます。つまり、妻は住まいをもらえるものの生活資金になる現金類はもらえないことになります。
所有権と利用権とは
夫に先立たれ妻が相続をする際には住まいを維持するために「所有権」を取得することが一般的でした。しかし建物の評価は高額な場合も多いこと、相続する妻が高齢により、年金程度しか収入がないことなどから、所有権の取得をあきらめて現金の取得を優先するケースが散見されました。
しかし、これでは夫に先立たれた妻は住まいをも失ってしまうため引っ越す必要があります。そこで、所有権の取得が難しい場合には別の相続人に住まいを相続してもらい、妻が使用借権(※1)によって無償で住まうケースもありました。
この他にも賃貸契約を相続人と結ぶこともあり、「利用権」によって妻が所有できない家に住まうことも可能でした。しかし、相続人との調整が難航されるケースでは、所有健を取得するしかない、と諦める場合もあったのです。
※1 使用借権とは
賃貸契約とは異なり無償で他人の物を借りて使用収益をする権利です。 無償で貸して使用収益をした後に返還してもらう契約のため親子や知人間などの信頼がある関係が前提とされます。(民法593条)
❏配偶者居住権とはどんな権利?
上記の解説の通り、これまで配偶者のいずれかの死去に伴う住まいの問題は、相続だけではなく老後の生活を脅かすものとして問題視されてきました。特に高齢化社会の日本においては建物の所有者だった配偶者が亡くなってしまったことをきっかけに、老後の生活が急激に不安定化する方が多くなっていたのです。
そこで、相続法を司る民法の改正を行い令和2年4月1日の相続以降には「配偶者所有権」が新設されました。配偶者居住法とは一定の要件を満たしている場合、残された配偶者が無償で、亡くなった配偶者の所有していた建物に住むことができるという法です。遺された配偶者の「居住権」を守るために生まれました。
では、適用されるためにはどんな要件を満たす必要があるのでしょうか?
配偶者居住権の3つの適用要件
配偶者居住権を利用して配偶者の死去後にも安全に暮らすためには次の3つの要件をすべて満たすことが条件です。まず大前提として第三者(不動産会社や被相続人以外の親族など)が所有していた建物には配偶者居住権は適用できないため覚えておきましょう。
1.残された配偶者が亡くなった配偶者の「法律上の配偶者」である
例として、亡夫の所有していた建物に住み続けたい場合、妻は法律上の配偶者であることが条件とされます。内縁関係では要件を満たせませんので注意が必要です。
2.亡くなった配偶者の所有していた建物に、亡くなった時には居住していた
長年別居していたご夫婦の場合、居住実態がないため法律上の配偶者であっても要件を満たせません。
3.配偶者居住権を取得している
相続人の一人である配偶者が配偶者居住権を取得できていることが大切です。配偶者居住権の取得のためには次の4つの方法があります。
①遺産分割協議
相続人間の協議のことを指します。
②遺贈や死因贈与
配偶者居住権のための遺言が行われている、あるいは死因贈与契約がある場合を指します。配偶者居住権の遺贈するための遺言は令和2年4月1日以降に作成されたものが適用条件です。
③家庭裁判所における審判が決定されたこと
遺産分割協議に難航し家庭裁判所で争った上で審判が決定した場合を指します。
④被相続人が亡くなった日が令和2年4月1日以降であること
民法改正に伴う施行であるため、被相続人が亡くなった日が令和2年3月以前の場合には適用になりません。
配偶者居住権の使用における注意
配偶者居住権が無事に適用できることがわかり、権利を行使する場合には使用上の注意も知っておく必要があります。注意点とは以下の3つです。
1.配偶者居住権は相続できない
権利の行使により夫の残した家に安心して妻が残る場合、妻が亡くなった時に配偶者居住権はどこに相続されるのか、という問題があります。配偶者居住権は相続の対象とはならないため、亡くなった時点で権利は消滅します。
2.登記が必要
遺産分割協議などで話し合いがまとまり、配偶者居住権を行使する場合は、対抗要件(※)としての権利があるため登記をする必要があります。設定登記は建物のみで土地にはできません。
※対抗要件とは
当事者間で成立した法律関係・権利関係を第三者に対して対抗(主張)する権利のこと。配偶者居住権の場合は登記をしていれば、建物の所有権が第三者に譲渡されても、登記事実を以てして配偶者居住権を主張できます。第三者の手に建物の所有権が渡ってしまうと家を出ていくように言われてしまうことに備えて登記をしておく必要があるのです。
3.居住期間は定められるが更新できない
配偶者居住権は残された配偶者が亡くなるまで権利を行使することができますが、居住期間を遺産分割協議などで定めることもできます。すでに高齢の方の場合には居住期間を設定するケースも考えられますが、配偶者居住権は期間の変更や延長ができません。安心して今後も住み続けるためには居住期間を定めるか否か十分に考えましょう。
❏実際に配偶者居住権を行使すると相続はどうなるの?
配偶者居住権を実際に行使する場合には住む権利である居住権、所有する権利の所有権を分離させて考えます。冒頭でご紹介した例をここでもう1度使ってみましょう。
・夫が亡くなり、相続人は配偶者と子2名と仮定します。この場合、配偶者は2分の1、子は4分の1ずつ相続します。第1順位の子は全体で2分の1が法定相続分の割合です。
・建物の所有権が2000万 残された現金などが2000万とします
配偶者居住権を行使すると居住権として1000万を妻、所有権として1000万を子二人で分けます。現金などのうち1000万を妻、残りの1000万を子2人で分けます。このように所有権を取得しなくても居住権として住まうことで、現金なども相続しやすくなるのです。
❏配偶者居住権には税制上のデメリットもある
終身住まう予定として配偶者居住権を登記していても、老人ホームへの入居などの理由で生前放棄させる可能性もあるでしょう。この場合、所有権をもった人は贈与税が課税されます。相続は発生しないため相続税はないのですが、贈与税のリスクはあるのです。将来的に生前放棄の可能性がある場合には所有権を持つ予定の方と慎重に話し合いを行いましょう。
❏まとめ
この記事ではまだまだ知らない方も多い配偶者居住権について解説しました。
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