家族信託を相続対策に使った場合に、相続税と所得税の課税がどのように行われるのかについて、その仕組みを解説します。
■Aさんの考えた家族信託
Aさんは、高齢になったこともありアパートの管理が面倒になってきました。
そこで、いずれこのアパートを相続させるつもりの長男に家族信託を使って管理を任せることにしました。
【Aさんの設計した家族信託】
信託財産Aさん所有のアパートの土地建物
信託の目的アパートの維持管理とAさんと奥様の老後の生活の安定
委託者 Aさん
受託者 長男
受益者 ①Aさん ②Aさんの奥さん(Aさんの死亡後)
残余財産の帰属 長男(Aさんの奥さんが死亡して信託が終了した時)
【Aさんが家族信託を活用するねらい】
- 年齢と共にアパート管理がたいへんになってきたので長男に任せたい。
- 家族信託を使えば、アパートの名義は“信託譲渡”によって長男の名義になるので、入居者との契約、入金も修理も受託者
の長男の名前で管理してもらえる。固定資産税の納税や経費の支払も長男の名義で行う事になる。
- 家族信託にすれば、帳簿(収支管理)も長男にやってもらえるので確定申告の計算書類も作ってもらえる。
- 自分(Aさん)は、生活費としてアパートの収益を振り込んでもらうだけになるので楽になる。
- 自分(Aさん)が病気やけがで入院することになり、あるいは認知症になっても、アパートの名義はすべて長男になって
いるので、維持管理の心配をする事はない。
- 自分(Aさん)が死んだら、この信託の受益権は妻のものになるように信託契約を作ってあるので、自分(Aさん)が長男から信託契約のなかで提供してもらったことは、そのまま妻が受け継ぐので安心だ。
- 妻が亡くなったら、信託契約は終了して、すべての信託財産は長男の名義になるように契約してあるので、
遺言を書いたのと同じことになる。
■Aさんの家族信託の課税関係
税法はAさんの家族信託を次のように解釈して課税します。
1、信託契約でアパート名義がAさんから長男に変わったことについて
・元々Aさんは自分でアパートを持って自分で収益を得ていました。家族信託を使ってこのアパートの名義をAさんから長男に変更しても、アパートの収益はAさんがもらう契約になっているので、名義を変更しても(信託譲渡で名義を移しても)長男に贈与税は課税されない。
・アパートの収益はAさんがもらっているので、不動産所得の確定申告もAさんの名前で行って、所得税はAさんが支払う。
2、Aさんが亡くなって受益者がAさんから奥様に変わったことについて
・信託契約によって、受益者がAさんから奥様に変わったことで、アパートの収益は奥様が得ることになります。つまり、Aさんが亡くなって、信託財産はすべて奥様のために使われて、その収益を得る権利を奥様が相続したのと同じことになります。よって、奥様が信託契約によってこのアパートを相続したことになり、相続税の課税対象になります。
・奥様は、このアパートからの収益を得ることになるので、所得税が課税されこのアパートについて確定申告をすることになります。
・長男は、Aさんが亡くなってもこのアパートに関しては、受託者の立場のままなので、Aさんにから相続する財産が他に無ければ相続税はかかりません。
3、Aさんの奥様が亡くなって信託契約が終了した時
・Aさんの奥様が亡くなると、信託契約は終了して、すべての信託財産は長男に帰属する契約となっています。奥様が亡くなったことにより、すべての財産が所有権の登記として長男の名義になるので、信託財産が相続財産となり、奥様(母親)の死亡を原因として、長男が相続税の課税を受けることとなります。
・その後、長男がアパート収入を得ることになるので、長男に不動産所得が課税されることになり長男が確定申告をすることになります。
■家族信託の課税の原則
Aさんの事例を見ても分かるように、税法の立場は受益者(受益権)に着目して課税します。
その受益権から収益が得られるなら、その収益を得た人に所得税が課税されるのが原則です。
その受益権から収益が得られるなら、その収益を得た人に所得税が課税されるのが原則です。
また、受益者が変わった時には、その原因によって課税が違ってきます。
亡くなったことが原因で権利が移転すれば相続税が課税されますし、亡くなったわけでもなく何の対価もなくもらう事になれば贈与税が課税されることになり、対価をもらって譲ってもらえば譲渡所得となり所得税が課税されます。
信託契約が終了して残余財産が分配された時の考え方の原則は同じです。
信託契約の課税は、契約書の作り方(内容)によって複雑に変わってきます。
家族信託を実行する時には、信託税務に詳しい税理士に相談する事が大切です。
■家族信託と相続税対策
家族信託が相続税対策に有効なのは次の2点です。
1、相続税対策を計画して、中長期に実行していく過程で、認知症等の病気や怪我が原因で相続税対策が中断してしまう事を防止する役割。
2、遺言と同じように、相続開始後に遺産分割で揉めることによって使える税務上の特例が使えなくなってしまう事を防止する役割。
家族信託を設定すると同時に相続税が減額される対策はありませんが、他の節税対策とセットで上記役割に活用すれば有効な対策となります。