2021年5月7日更新
(目次)
1 みなし相続財産とは
みなし相続財産とは、冒頭でも触れましたが、簡単にいうと「民法上は相続財産として扱われないが、被相続人が死亡することによって取得した財産は、相続税法上、相続財産とみなされる財産」です。みなし相続財産の代表的な例には「生命保険金」と「死亡退職金」があります。
預貯金や不動産などの通常の相続財産は、被相続人が亡くなった時に所有していた財産ですが、生命保険金や死亡退職金などのみなし相続財産は、被相続人が死亡時に所有していたものではなく、受取人固有の財産となります。しかし、通常の相続財産と同様に、被相続人の死亡を原因として取得できる財産であることから、税法上は相続財産として扱うことになっているのです。
ここで、何故、相続財産ではないのに相続財産とみなされて税金がかかるのか?という疑問が生じるのではないでしょうか。 「2.みなし相続財産の種類」に入る前に、生命保険金と死亡退職金を例に、その考え方をご説明します。
まず、生命保険の保険料を支払っていた人(契約者)が被相続人であれば、被相続人の財産であると考えます。また、退職金は被相続人が生きていれば本人が受け取ることになるので、これも被相続人の財産と考えます。
しかし、被相続人が死亡していることから、他の人が保険金や退職金を受け取ることになるので、そこに課税関係が生じます。どの税金がかかるのかというと、被相続人の死亡によって財産を取得した場合は、相続税の課税対象となります。
したがって、生命保険金や死亡退職金は、本来は相続財産ではありませんが、税務的にみると課税関係が生じるため、税法上は死亡した被相続人の相続財産とみなされることになります。また、みなし相続財産は、民法上の相続財産ではないので、遺産分割や遺留分の対象とはなりません。これは「4.みなし相続財産の注意点」で詳しく説明します。
2 みなし相続財産の種類
① 生命保険金
生命保険に加入していた被相続人が交通事故や病気などで死亡し、それによって生命保険金を受け取った場合は、受け取った生命保険金に対して相続税が課税される可能性があります。みなし相続財産としての生命保険金について、相続税法第3条1項1号には、以下のように記されています。(括弧書き略)
「被相続人の死亡により相続人その他の者が生命保険契約の保険金又は損害保険契約の保険金を取得した場合においては、当該保険金受取人について、当該保険金のうち被相続人が負担した保険料(の金額の当該契約に係る保険料で被相続人の死亡の時までに払い込まれたものの全額に対する割合に相当する部分」
条文は分かりにくいかと思いますが、被相続人の死亡により死亡保険金を受け取った場合には、相続または遺贈により取得した財産とみなされます。 生命保険金について注意するべき点は「生命保険の契約形態」です。被保険者と保険料の負担者、保険金受取人が誰であるかにより、受け取った保険金に課税される税金の種類が異なります。
相続税の課税対象となるのは、被保険者と保険料の負担者が同じ被相続人の場合のみです。なお、死亡保険金の受取人が被保険者の相続人である場合は、相続により保険金を取得したものとみなされ、相続人以外の人が受取人に設定されている場合は、遺贈により取得したものとみなされます。
遺贈とは、被相続人の遺言によって財産を取得することです。例えば、遺言に「友人Aに甲不動産を遺贈する」と記載されている場合は、友人Aは相続人でないにも関わらず、甲不動産を遺贈により取得できることになります。 したがって、被保険者と保険金の支払いを被相続人が行い、保険金の受取人は妻や長男などの相続人である場合は相続により取得したものとみなされますが、保険金の受取人が孫や友人など相続人以外の人の場合は遺贈により取得したことになります。
参考記事
② 死亡退職金
会社に勤めている被相続人が亡くなり、被相続人に支払われるべきであった退職金を受け取った場合は、受け取った死亡退職金に対して相続税が課税される可能性があります。
みなし相続財産としての死亡退職金について、相続税法第3条1項2号には、以下のように記されています。
「被相続人の死亡により相続人その他の者が当該被相続人に支給されるべきであった退職手当金、功労金その他これらに準ずる給与(政令で定める給付を含む。)で被相続人の死亡後3年以内に支給が確定したものの支給を受けた場合においては、当該給与の支給を受けた者について、当該給与」
死亡退職金の支給が確定した時期によって、みなし相続財産に該当するかどうかが異なりますので注意が必要です。上記の条文のとおり、みなし相続財産に該当するのは「被相続人の死亡後3年以内に支給が確定したもの」のみです。死亡後3年以内に支給が確定したものとは、
①死亡退職により支給される金額が被相続人の死亡後3年以内に確定したもの、
②生前に退職しており、支給される金額が被相続人の死亡後3年以内に確定したものをいいます。
なお、死亡後3年を経過してから支給が確定したものについては、遺族の一時所得として所得税の課税対象となります。
参考記事
【弔慰金の支給があったとき】
弔慰金とは、勤務していた役員や従業員が死亡した場合に、故人を弔い、遺族を慰める目的で法人等から遺族へ支給される金銭です。
勤務先の法人によって算定基準が異なりますが、遺族へ支給された弔慰金は原則として相続税の対象にはなりません。
しかし、一定の金額を超えた場合は死亡退職金として取り扱われ、相続税の対象となります。
①被相続人の死亡が業務上の死亡である場合と②被相続人の死亡が業務上の死亡ではない場合で非課税となる金額が違ってきます。
①被相続人の死亡が業務上の死亡である場合、被相続人の死亡当時の給与3年分に相当する額が非課税額となります。
②被相続人の死亡当時の給与半年分に相当する額が非課税額となります。
①被相続人の死亡が業務上の死亡である場合
➡被相続人の死亡当時の普通給与の3年分に相当する額
②被相続人の死亡が業務上の死亡ではない場合
➡被相続人の死亡当時の普通給与の半年分に相当する額
参考記事
③ 生命保険契約に関する権利
生命保険契約に関する権利については、相続税法第3条1項3号に規定されています。
生命保険の契約形態には様々な形があり、例えば、妻が被保険者で、保険料の支払いは夫が行っているケースもあります。このように、被保険者と保険料の支払人が異なる場合、保険料の支払人が死亡してしまうと、その時点で生命保険契約を解約するか続行するかを選択することになります。
生命保険契約を解約する場合は「解約返戻金」が、契約を続行する場合は「満期保険金」が発生しますが、いずれもみなし相続財産として相続税の課税対象となるのです。
例えば、妻が被保険者となっている生命保険1000万円を夫に支払ってもらっていたケースで夫が死亡した場合、妻は生命保険契約を解約して解約返戻金600万円を受け取ったとします。この場合、受け取った600万円に対して相続税が課税されます。
なお、解約返戻金や満期保険金の発生しない掛け捨て保険はみなし相続財産ではありませんので、相続税の課税対象とはなりません。
定期金に関する権利の「定期金」とは、契約でいつからいつまでと期間を定めて定期的に受取る金銭のことをいいます。
定期金に関する権利とは、個人年金や保険金などのお金を定期的に受け取る権利のことです。定期金に関する権利については、相続税法第3条1項4号に規定されており、1~3の要件に該当する定期金給付契約の場合に、みなし相続財産として相続税の課税対象となります。
1.被相続人が死亡したときに、未だ定期金の給付事由が発生していない
2.契約者が被相続人以外の人である
3.被相続人が掛け金や保険料を負担していた
例えば、被相続人以外の人が契約者となっていて、被相続人がその人のために掛け金や保険料を負担していた個人年金契約で、被相続人が死亡したときに定期金の支給開始時期はまだ先だったような場合です。
被相続人が死亡するまで払い込んだ掛け金や保険料のうちの一定額が相続財産とみなされます。
保証期間付定期金に関する権利とは、定期金給付契約に基づき定期金の給付を受けていた人が死亡した場合に、給付受取の期間が残っていれば、引き続き定期金を受け取る権利のことを指します。
例えば、終身の個人年金をかけていた場合は、受取人が死亡すれば年金の受給もストップされます。 しかし、保証期間付終身年金であった場合は、受取人の死亡時に保証期間が残っていればその期間は相続人その他の人が給付を受けられます。
保証期間付定期金に関する権利については、相続税法第3条1項5号に規定されていますが、1~3の要件に該当する場合に保証期間付定期金を継続して受け取れる権利が相続税の課税対象となります。
1.被相続人が死亡したときには、既に定期金の給付事由が発生している
2.被相続人に定期金を給付していた
3.被相続人の死亡後、相続人その他が定期金の継続受取人となる
まず、「契約に基づかない」とはどのような意味かご説明します。
④や⑤で見てきた定期金は、保険会社などで取り扱う個人年金をイメージしていただくと、定期金の給付を受ける人は、契約によって指定することができます。
契約に基づかない定期金には、確定給付企業年金や公的年金などがあり、年金を受給していた人が死亡した場合に、各法律に基づき規定された範囲の人が遺族として定期金を継続して給付を受けられることになります。
被相続人やその遺族が直接契約を締結したわけではないですが、規定の遺族が給付を受けるところに違いがあります。
相続税法では、この「遺族が継続して年金を受給できる権利」について、相続財産としての価値を見出し課税することとしています。
上記、④~⑥の定期金は、その制度や契約内容によって、給付期間が有期、無期、終身となります。保証期間付終身年金は、年金が支給される期間が一定期間保証された終身年金のことですが、有期と終身が組み合わされています。
被相続人の相続財産とみなされる定期金に関する権利は、定期金の種類や死亡時の定期金の給付状況によって相続税の評価額が変わってきます。
判断が専門的で難しいため、相続専門の税理士に早めに相談するようにしましょう。
特定の相続人が被相続人に対して債務を持っていたが、被相続人の遺言によってその債務を免除された場合、免除によって得た利益は、みなし相続財産として相続税の課税対象となります。債務の免除がみなし相続財産となることは、相続税法第8条に規定されています。
例えば、被相続人に1000万円の借金をしていたが、遺言に「1000万円の借金を免除する」旨の記載がされていた場合などがこれに当たります。この場合、被相続人に借金をしていた人が得た利益1000万円に対して、相続税が課税されることになるのです。
みなし相続財産とは、「本来相続財産ではないが、被相続人の死亡を原因として取得していることから相続税が課税される財産」です。そのため、先ほどご紹介したみなし相続財産以外にも、みなし相続財産に該当する財産が存在します。
相続の知識がなければ判断が難しい場合もありますので、不安な場合は相続専門の税理士に相談することをおすすめします。
みなし相続財産を受け取ったからといって、その全額が相続税の課税対象となるわけではありません。
みなし相続財産のうち、生命保険金と死亡退職金には非課税枠があり、相続税の課税対象額を小さくすることができるのです。
ここでは、生命保険金と死亡退職金の非課税枠について、それぞれご説明していきます。
被相続人の生命保険金を受け取った場合、相続人それぞれの非課税額は、次の算式によって計算されます。
その相続人の非課税額=生命保険金の非課税限度額×各相続人が受け取った保険金の額÷すべての相続人が受け取った生命保険金の額
非課税限度額は「500万円×法定相続人の数」で計算される金額で、全ての相続人が受け取った生命保険金の合計が非課税限度額よりも小さければ、相続税はかかりません。
<p例えば、被相続人には妻と長男、次男の3人の法定相続人がおり、妻が2000万円、長男が1000万円の生命保険金を受け取ったケースを考えてみましょう。 この場合、妻および長男の生命保険金の非課税額は以下の通りになります。
【妻が受け取った生命保険金の非課税額】
非課税限度額は500万円×3人=1500万円です。上記の算式に当てはめると妻の非課税額は1500万円×2000万円÷3000万円=1000万円となります。
したがって、受け取った生命保険金2000万円から非課税額1000万円を差し引いた1000万円に対して、相続税が課税されることになります。
【長男が受け取った生命保険金の非課税額】
非課税限度額は500万円×3人=1500万円なので、長男の非課税額は1500万円×1000万円÷3000万円=500万円となります。
したがって、受け取った生命保険金1000万円から非課税額500万円を差し引いた500万円に対して、相続税が課税されることになります。
被相続人の死亡退職金を受け取った場合、全ての相続人が受け取った死亡退職金の合計額から「500万円×法定相続人の数」で計算される非課税枠を差し引くことができます。
例えば、被相続人には妻、長男、次男の3人の法定相続人がいる場合で、被相続人の死亡退職金を妻が3000万円、長男が2000万円受け取ったケースを考えてみましょう。
この場合、死亡退職金の合計額5000万円から、非課税枠の500万円×3人=1500万円を差し引いた3500万円が相続税の課税対象となります。
なお、相続放棄をした人や相続人以外の人が受け取った死亡退職金には、非課税枠の適用がありませんのでご注意ください。
参考記事
みなし相続財産を受け取ることにより、思いがけず相続税を支払うことになる可能性があります。
ここでは、みなし相続財産を受け取る際の注意点についてご紹介していきます。
みなし相続財産は、民法上相続財産ではなく受取人固有の財産であるため、相続放棄をした場合でもみなし相続財産を取得することができます。そのため、仮に相続放棄をして被相続人の預貯金や不動産などの相続権を失ったとしても、生命保険金や死亡退職金などは受け取ることができるのです。
ただし、相続人以外の人(相続放棄をした人を含む)がみなし相続財産を取得した場合は、遺贈により財産を取得したものとみなされるため、受け取ったみなし相続財産が相続税の課税対象となってしまいます。
相続放棄をしても、みなし相続財産を取得したことにより、相続税を支払うことになる可能性があることに注意しましょう。
なお、相続放棄をした場合は、上記で説明した「生命保険金・死亡退職金の非課税枠」が適用されず、受け取った金額の全額が相続税の課税対象となってしまうため、こちらも注意が必要です。
また、相続放棄をすると、初めから相続人ではなかったとされるため、生命保険金や死亡退職金の非課税枠の適用はされません。
では、被相続人の配偶者や一親等の血族以外(代襲相続人を除く)である場合に相続税額が2割加算されますが、相続放棄をした人がみなし相続財産を取得した場合はどうでしょうか。
これについては、みなし相続財産を取得した人が配偶者や一親等の血族(代襲相続人を除く)であれば、2割加算の対象にはなりません。
みなし相続財産は、基本的に遺産分割の対象外となります。これは、みなし相続財産が通常の相続財産とは異なり、受取人固有の財産であると考えられるからです。
そのため、みなし相続財産は「誰がどのくらい相続するか」という遺産分割の話し合いの対象とはなりません。
例えば、被相続人の生命保険金1000万円の受取人を長男に指定していた場合、この1000万円は長男の固有財産ですので、他の相続人と分割する必要がないのです。
遺留分とは、特定の法定相続人に保障される最低限の相続分のことです。相続では法定相続よりも遺言内容が優先されますので、例えば、遺言に「私の全財産を友人Aに遺贈する」と記載している場合は、その通りに遺産分割されることになります。そうなると、被相続人の配偶者や子など、本来財産を相続できるはずだった法定相続人が相続できる財産がなくなり、残された家族の生活が保障されなくなってしまいます。そこで、民法では兄弟姉妹以外の法定相続人に対して最低限の相続分を保障しました。これが「遺留分」です。
贈与や遺贈によって遺留分を侵害された法定相続人は、財産を受け取った人(受贈者または受遺者)に対して、侵害された遺留分を請求することができます。
平成16年10月29日、「みなし相続財産を受け取った人に対して遺留分の請求ができるか」という問題について、最高裁は以下のような判決を下しました。
「被相続人を保険契約者及び被保険者とし、共同相続人の1人または一部の者を保険金受取人とする養老保険契約に基づき保険金受取人とされた相続人が取得する死亡保険金請求権は、民法903条1項に規定する遺贈又は贈与に係る財産には当たらないが、保険金の額、この額の遺産の総額に対する比率、保険金受取人である相続人および他の共同相続人と被相続人との関係、各相続人の生活実態等の諸般の事情を総合考慮して、保険金受取人である相続人とその他の共同相続人との間に生ずる不公平が民法903条の趣旨に照らし到底是認することができないほどに著しいものであると評価すべき特段の事情が存する場合には、同条の類推適用により、特別受益に準じて持戻しの対象となる。」
要するに、みなし相続財産である死亡保険金を受け取ることは、みなし相続財産が遺留分の対象とならないことを示した代表的な例となりました。
なお、みなし相続財産を受け取ることにより、著しく不公平が生じる場合は、遺留分の対象となるため注意が必要です。
今回は、税法上相続財産とみなされる「みなし相続財産」について、ご説明いたしました。
みなし相続財産は、本来は相続財産として扱われないものの、相続税を計算する上では相続財産とみなされる財産です。相続税の金額を正確に計算するためには、必ず理解しておくべき財産ですので、この機会にぜひ知識を身につけておきましょう。
また、みなし相続財産に含まれるかどうかの判断が難しい財産もありますので、不安な場合は相続の専門家に相談することをおすすめします。