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遺言と債務の関係


公開日2021年6月29日

 

相続においては、借金などの債務についても、被相続人のマイナスの財産として相続の対象となります。

 

では、被相続人の最終的な意思を反映するものである遺言書において、「長男が全ての債務を承継する」というような指定をすることはできるのでしょうか。

 

この記事においては、遺言と債務の関係性について解説し、上記のような遺言が法的に効力を持つのか否か、また、特定の相続人に債務を承継してもらうためにはどのようにすれば良いのかといった点を中心に、説明していきたいと思います。

 

 

 

 (目次)

1.相続と債務の関係

① 相続と債務の関係

② 債務の相続割合

2.遺言と債務の関係

① 遺言による指定の有効性

② 債務の承認

③ 【事例】ローン付きの土地建物を遺言で相続させる場合

3.遺言があった場合の対処

① 債権者への対応

② 相続放棄

4.税務上の注意点

5.連帯債務の相続

6.遺留分侵害額請求と債務

7.まとめ

 

 

 相続と債務の関係

 

相続は、被相続人の財産に属した一切の権利義務を承継する(民法896条)というものですから、被相続人のマイナスの財産である債務も、原則として相続の対象になります。 では、例外となる債務はあるのでしょうか。また、債務の相続割合はどのようになっているのでしょうか。

 

① 相続されない債務

 

先ほど説明したように、原則として、債務は相続されます。
では、例外として相続されない債務はあるのでしょうか。

 

まずは、被相続人に一身に専属した債務は例外として相続されません。これはどういうものかというと、扶養に関する義務や婚姻費用分担義務等が挙げられます。つまり、被相続人自身が果たしていたことに意義のある義務ということです。

 

他にも、使用貸借契約や委任契約等は、民法の規定により、当事者の死亡を契約関係の終了事由としていることから、既に発生した金銭債務等を除く契約関係上の債務は相続されません。このように法律上で規定があるものは、例外的に相続されない債務ということになります。

 

② 債務の相続割合

 

民法899条によると、各共同相続人は、その相続分に応じて被相続人の権利義務を承継します。

 

債務の相続の場合は、権利、つまりプラスの財産の相続とは異なります。

 

通常、預貯金等の遺産を相続人間で分割するときは、特別受益や寄与分を考慮した上で具体的な相続分を計算します。

 

たとえば被相続人が生前、特定の相続人に対して自宅を贈与していたような場合、また、亡くなる前の数年間、相続人の一人がずっと付きっきりで介護をしていたような場合、これらのような場合にも、正確に法定相続分に応じた割合で遺産を分割するのは不公平ですよね。

 

被相続人の生前に、相続分を先に取得したと同視できるような利益を得た者(「特別受益者」といいます。)や、特別な貢献(「寄与分」といいます。)をした者がいた場合には、法定相続分に修正を加えた具体的相続分によって遺産の分割を行うことになるのです。

 

一方、借金といったマイナスの財産の場合には、そのような修正はなされません。法定相続分どおりの割合によって債務を承継することになるのです。

 

 

2 遺言と債務の関係

 

① 遺言による指定の有効性

 

遺言による相続分の指定がある場合、共同相続人の内部関係では債務の承継も指定相続分に応じた割合になります。つまり、共同相続人間においては遺言による債務の相続分の指定も一応は有効ということです。

 

しかし債務者との関係では、被相続人の意思により債務の承継割合を一方的に変更できるのは不当です。もし遺言者と相続人らの話し合いによって、債務だけを相続する人を決めて他の遺産を渡さずに、債務の負担だけをさせた上で、その人が自己破産をすれば、家族全体として債務だけ逃れて遺産を獲得するようなことができてしまいます。これは社会常識に鑑みても不適切ですよね。

 

したがって、遺言があるからといって、債権者に対して相続人が一方的に、法定相続分と異なる債務の承継割合を主張することはできません。

 

たとえば、「遺産全部を長男に相続させる」という遺言があったとき、これはプラスの財産もマイナスの財産もすべて含めて長男の相続分を100パーセントとする相続分の指定がされていると考えることができます。

 

すると、相続人に長男と二男がいたとき、長男と二男との内部関係では、債務についても全額長男が承継することになります。しかしそれはあくまで相続人間の内部関係にとどまり、被相続人の債権者との関係では、長男と二男が法定相続分であるそれぞれ2分の1の割合により債務を承継することになるのです。

 

このような考え方は、以前は法律で明文化されていませんでしたが、改正相続法には以下の条文が追加されることになりました。

 

「被相続人が相続開始の時において有した債務の債権者は、遺言による相続分の指定がされた場合であっても、各共同相続人に対し、法定相続分及び代襲相続人の相続分の規定により算出した相続分に応じてその権利を行使することができる。(第902条の2)」

 

② 債務者の承諾

 

債権者との関係において、遺言により債務の承継割合を変更することができないのは、債権者を守るためです。

したがって債権者が自分から、指定相続分、つまり先ほどの例でいうと「長男が債務全額を負担する」という遺言による指定を認めて、長男に債務の全額を請求することはできるということになります。

この点についても改正相続法は明文化しており、先の改正民法902条の2には、以下のような但し書きが加えられています。

 

「ただし、その債権者が共同相続人の一人に対してその指定された相続分に応じた債務の承継を承認したときは、この限りでない」

 

ちなみに、遺言により指定された債務を超え、法定相続分に応じた債務を承継し負担した場合には、共同相続人間で「求償関係」が生じます。

 

つまり、先ほどの例でいうと、遺言によると長男が負担することになっていた債務全額について、二男が、自身の法定相続分である2分の1について債権者に対し弁済した場合には、二男は長男に対し、弁済した額について求償請求するすることができるのです。

 

③ 【事例】ローン付きの土地建物を遺言で相続させる場合

 

ローンの残債務が残っている土地建物を、遺言により特定の相続人に相続させるとします。

 

この場合、ローン債務もその相続人に負担させるという内容の遺言は可能でしょうか。

 

不動産を特定の相続人が相続したとき、その不動産を取得していない相続人にローンを負担させるというのは少しかわいそうな気がしますから、十分に考えられるケースでしょう。

 

実際、その旨を遺言に残すということは可能です。

 

ただし、この場合にも、債権者との関係では、法定相続分による債務の相続を遺言者の一方的な意思で変更することはできないことから、特定の相続人がローン債務を全部引き受けることについて債権者の承諾を得ない限り、債権者からは他の相続人に法定相続分に応じた請求をすることができてしまうのです。

 

ただ、請求に応じて債権者に弁済した共同相続人は、その弁済額を遺言によりローンを全額負担するとされた相続人に求償することができます。

 

 

3 遺言があった場合の対処

 

では、実際に債務についての指定がなされた遺言が見つかった場合はどのようにすれば良いのでしょうか。

 

① 債権者への対応

 

まず、遺言書により、法定相続分以上の割合で債務の承継を指定された相続人は、債権者に対してどのように対応すればよいでしょうか。

 

これまで説明してきたように、債務は法定相続分に応じて分割されます。したがって、自分の法定相続分以上の金額を債権者に対して支払う義務は生じません。

 

言い換えれば、特定の相続人に債務が全額承継される遺言が存在していたとしても、その存在をもって、他の相続人は、債権者に対して法定相続分の弁済を免れる旨の主張はできないことになります。

 

遺言のとおり特定の相続人だけの債務とするためには、債務相続の指定を受けた相続人に十分な返済能力があると債権者が認め、当該相続人が返済すればよいと債権者に同意してもらうことが必要です。

 

銀行の借入金等の場合には、債務を遺言により引き継がない相続人が「免責的債務引受の契約書」という債務を銀行が免除するための書類に自署し、実印を押印することも必要となります。

 

これにより、ようやく他の相続人は債務から免責されます。

 

② 相続放棄

 

被相続人の債務が想定以上に大きく、遺言のとおり引き受けることができない場合や、被相続人の債務との関わりを持ちたくないという場合は、相続放棄をすることをオススメします。

 

相続放棄とは、相続権の一切を放棄することです。家庭裁判所で手続きをすることができます。

 

既に説明したように、相続財産にはプラスの財産だけではなく、マイナスの財産も含まれることから、負担から逃れたいという場合や、相続の争いに巻き込まれたくないといった場合に、相続放棄がなされることが多いです。

 

たとえ遺言がどのように定められていても、相続放棄をしてしまうことで、被相続人の相続財産とは無関係になるので、債権者から弁済を求められたとしても、相続放棄をしていることを理由に、弁済を拒むことができるのです。

 

ちなみに相続放棄についての判断は、相続人ごとに行うことができるため、特に親族で相続放棄をするか否かを話し合う必要はありません。仮に特定の相続人が相続放棄をしたことで別の相続人の負担する債務が増えてしまったとしても、その相続人も相続放棄をするか否かを選ぶことができるので、問題はないといえるでしょう。

 

ただし、ひとつ気をつけなければならないのは、相続放棄は、相続が発生してから3か月以内に行わなければならないということです。

 

被相続人が亡くなり、諸々の手続きを済ませているうちに、3か月というのはあっという間に過ぎてしまうものですから、遺産の中に債務がどのくらい含まれるのか、相続放棄をするかどうかを迅速に検討する必要があります。仮に債務の調査に時間がかかってしまうことが見込まれる場合には、判断の期間を延長するための手続きも存在するので、専門家に相談するとよいでしょう。

 

もし、期限内に相続放棄が行われなかった場合、相続財産のすべてを相続人全員で相続したものとみなされますので、覚えておいてください。

 

 

4 税務上の注意点

 

実際のところ、債務を負担することを積極的に引き受けたがる相続人はあまり考えられないことから、債務の帰趨については、遺言においても言及されていないことが多いです。

 

しかし、建物の建築費用のための借入債務を誰が負担するか明示されておらず、法定相続人全員で負担することになった場合、借入金の総額が当該不動産を相続した相続人から債務控除されず、その人の相続税が高くなってしまうというケースがあります。相続税についての対策をしないと、債務の相続をする場合に損をしてしまう、という程度に覚えておくとよいでしょう。

 

 

5 連帯債務の相続

 

連帯債務者の一人が死亡し、その相続人が数人いる場合に、共同相続人は、被相続人の債務についてその法定相続分に応じて分割されたものを承継します。

 

これは通常の債務者の場合と同じですが、連帯債務者の場合には、相続人は各自、その相続することになった範囲において、本来の債務者とともに連帯債務者となります。

 

これについてもやはり、遺言による指定があっても債権者に対しては効力を持ちません。

 

 

6 遺留分侵害額請求と債務

 

被相続人が、相続が開始したときに債務を有していた場合の遺留分、つまり、法律上最低限取得することのできる遺産の取り分を計算するにあたっては、債務についても考慮されることから、財産があっても遺留分がゼロになってしまうこともあり得ます。

 

なお、一人の相続人に財産全部を相続させる旨の遺言がある場合は、原則として債務もその相続人に全部相続させる趣旨であると考えられます。

 

したがって、この場合の遺留分の権利者は、自身が負担すべき相続債務を加算することなく遺留分の額を算出することになります。

 

 

7 まとめ

 

ここまで説明してきたように、債務についての相続には注意すべき点がたくさんあります。

 

遺言者が深く考えずに債務についての相続分の指定をしたことで、親族間の争いやトラブルに発展するケースは決して珍しくはありません。

 

そのような事態を未然に防ぐためにも、被相続人となる者に負債がある場合には、予め、その内容を財産目録で明確にしておくことが重要です。さらに、負債がある状態で遺言を作成し相続分や分割方法を指定する場合には、負債の処理に関して明記するだけでなく、債権者との事前の打ち合わせや確認作業が必要になってくるでしょう。

 

いずれにしても、債務を含む相続は複雑になってしまうことが想定されるため、早い段階で専門家に相談することをおすすめいたします。

 

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